真田幸村ゆかりの地~九度山を歩いてきました♪

久しぶりに時間が出来たので住まいがある東京を遠く離れて和歌山県まで、真田家ゆかりの九度山をぶらり歩いてきました。


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九度山とは?

九度山とは空海が開いた高野山の玄関口にあたる山間の町です。

関ヶ原の合戦で敗者となった真田昌幸、真田幸村が幽閉された地にあたります。

九度山へ行ったらぜひ立ち寄りたい場所として真田親子由来の真田庵、女人禁制だった高野山目前に女性が祈りを捧げた女人高野としても有名な慈尊院があります。

東京から九度山への道

  • 東京→(新幹線)→新大阪
  • 新大阪→(地下鉄御堂筋線)→なんば駅
  • 徒歩で南海電鉄なんば駅へ移動
  • 南海電鉄なんば駅→(橋本経由)→九度山

東京から新幹線を使って新大阪まで。その後、地下鉄またはJRを使って南海電鉄なんば駅へ移動。南海電鉄にて橋本経由で九度山へ入る方法が最もメジャーと思われます。

高野山までの道 7:51 橋本
高野山までの道 7:51 橋本

大阪方面より南海電鉄に乗って高野山、九度山方面に行くため分岐点となる橋本駅。

ここより徐々に高度を上げて高野山方面へ登っていきます。

高野山までの道 7:46 なんば
高野山までの道 7:46 なんば

橋本駅にて撮影。南海電鉄なんば駅より橋本駅までは真田仕様の電車も往来、気分を盛り上げてくれます。

高野山までの道 8:15 九度山駅
高野山までの道 8:15 九度山駅

橋本駅より電車を乗り換え3駅、乗車時間約15分で九度山駅に到着しました。

早朝に九度山に入る方法

今回の旅では早朝に九度山に入りたかったため、メジャー&最短移動手段である新幹線を敢えて捨てて夜行バスを使って九度山入りすることになりました。

東京から新幹線を使ってもアクセス時間は約5時間と長丁場。

始発電車で東京山手線内の家を出ても九度山に到着する頃には10時amを過ぎてしまいます。

高野山~九度山を結ぶ町石道=全行程徒歩約8時間を歩きたかったことから10時過ぎ九度山着ではいささか遅過ぎる。

九度山にある数少ない宿を当たるも既に満室。

最寄りの町、例えば橋本界隈に宿をとることも考えましたが思ったよりオーバーヘッドが高い。

結果、20代の時にスキーで利用して以来、超久しぶりに夜行バスを利用することになりました。

「長期移動に私の腰は耐えられるのか!!」

かなり心配したも夜行バスといっても横三列ゆったりシート。

正直、飛行機のエコノミークラスよりずっとラクでした。

年甲斐もなく過酷な移動手段をとってしまったと思いつつ、大好きな和歌山を歩くためにまた利用するかも知れません。

九度山巡りの目安時間

各所見学時間によりますが町中は半日もあれば歩いて回ることができる程度です。

時間があるようであれば今回私が歩いた町石道(総行程8時間)の内、一部だけでも歩いてみると良いと思います。

少し歩けば見晴らしの良い場所で和歌山の自然を感じることができます。

私が歩いたルート

九度山駅→真田庵→真田ミュージアム→道の駅→慈尊院→町石道

今記事では町石道さわりのみ紹介しています。

町石道を歩く道すがら通ったことからゆっくり観光モードではなかったこと、また早朝に九度山に到着したため真田ミュージアム見学はしていませんが1時間ちょっとで歩くことができました。

 

九度山ぶらり散歩の様子

高野山までの道 8:18 九度山
高野山までの道 8:18 九度山

南海電鉄「九度山駅」です。

平日だったことから人も疎らで静かな九度山入りとなりました。

高野山までの道 8:20 九度山
高野山までの道 8:20 九度山

九度山駅より高野山方面を目指して歩き出したところです。

高野山までの道 8:24 九度山
高野山までの道 8:24 九度山

車通りが少ない小路を歩き始めると真田家ゆかりの折り紙など飾りが軒下のいたるところに飾ってあって旅気分を盛り上げてくれます。

高野山までの道 8:27 九度山
高野山までの道 8:27 九度山

真田の抜け穴伝説として有名な真田古墳です。

墳丘が削られ石室のみ残っている状態。

看板を頼りに見つけないとうっかり通り過ぎてしまうほど目立たない場所にあります。

高野山までの道 8:29 九度山
高野山までの道 8:29 九度山

そば処「幸村庵」です。

早朝到着だったため残念ながら立ち寄ることが出来ず。後ろ髪を引かれつつ通過となりました。

高野山までの道 8:29 九度山
高野山までの道 8:29 九度山

眞田庵です。

高野山までの道 九度山
高野山までの道 九度山

瓦屋根にも六文銭が描かれています。

高野山までの道 8:30 九度山
高野山までの道 8:30 九度山

緑が濃くなった山間に赤い御旗が鮮明にたなびいていました。

高野山までの道 8:31 九度山
高野山までの道 8:31 九度山

雷封じの井です。

慶長年間、真田幸村が閉居中の出来事。眞田屋敷に落ちた雷を取り押さえて井戸に封じ里人の難を救ったと言い伝えられています。

ちなみに眞田庵には真田安房守昌幸候の墓所があります。

撮影禁止となっているため注意。静かに眠る昌幸候のために静かに手を合わせてきましょう。

高野山までの道 8:37 九度山
高野山までの道 8:37 九度山

眞田庵を後に再び九度山の町を歩き始めます。

高野山までの道 8:38 九度山
高野山までの道 8:38 九度山

NHK大河ドラマに合わせて新設された「九度山 真田ミュージアム」です。

開館前だっためやはり通過します。

高野山までの道 8:40 九度山
高野山までの道 8:40 九度山

真田幸村父子ももしかしたらこの道を歩いていたかも知れないなど思いつつ静かに歩を進めます。

高野山までの道 8:48 九度山
高野山までの道 8:48 九度山

道の駅「柿の郷 くどやま」に到着したのは8:48分。

高野山まで8時間歩くことを考えると時間を無駄にできない状態とはいえお腹が空いては歩くこともまゝならない!

9時オープンを待って九度山名物「柿の葉寿司」を調達することにしました。

高野山までの道 9:05 九度山
高野山までの道 9:05 九度山

道の駅に併設されている世界遺産情報センターにも立ち寄ってみました。

高野山までの道 9:08 九度山
高野山までの道 9:08 九度山

真田幸村公が纏った甲冑「赤備え」しかも等身大!?

緋威(ひおどし)の鎧、鹿角の前立、白熊付の兜を間近に見てくることができて満足。

高野山までの道 九度山
高野山までの道 九度山

兜中心に六文銭。

高野山までの道 九度山
高野山までの道 九度山

足元までもれなく赤備えだったのですね。

高野山までの道 9:11 九度山
高野山までの道 9:11 九度山

道の駅で柿の葉寿司を調達した後は女人高野として有名な慈尊院へ歩を進ませます。

高野山までの道 9:20 九度山
高野山までの道 9:20 九度山

慈尊院です。

高野山までの道 9:19 九度山
高野山までの道 9:19 九度山

慈尊院内部の様子。

高野山までの道 9:21 九度山
高野山までの道 9:21 九度山

子宝、安産、育児、授乳、病気平癒を願って”おっぱい”の形をした絵馬が奉納されていました。

高野山までの道 9:21 九度山
高野山までの道 9:21 九度山

慈尊院を後に町石道に歩を進める途中にある丹生神社には長い階段を昇っていきます。

高野山までの道 9:27 九度山
高野山までの道 9:27 九度山

神社で旅の安全を願います。

高野山までの道 9:32
高野山までの道 9:32

丹生神社でお参りした後はいよいよ町石道を歩き始めます。

私が九度山、高野山を訪ねた時が丁度5月終わり、全国あちらこちらで熊の出没が騒がれる中「高い山よりある意味怖い」と不安を抱えながら歩き始めました。

point! 町石道はじめ熊野古道など旧道を歩く時は熊除けの鈴携行必須です。

高野山までの道 9:34
高野山までの道 9:34

これから8時間歩いて高野山に入るのだからもう寄り道するまいと思いつつ、再び神社に立ち寄ります。

しかも階段。

しかもかなり急な階段で普段運動している私でも四苦八苦、高齢者の方はキツイのではと思われます。

高野山までの道 9:35
高野山までの道 9:35

長く急な階段を昇りきると青空に聳える赤い山門が出迎えてくれました。

高野山までの道 9:37
高野山までの道 9:37

朝早かった&急な階段ということもあって人も少なく静かな時間を過ごします。

高野山 町石道 9:56
高野山 町石道 9:56

今度こそ本当に町石道を歩き始めた様子です。

8時間全行程はおよそこんな感じ。

ほぼ日陰となるため5月下旬、早くも夏日到来も快適に歩くことができました。

高野山 町石道 10:05
高野山 町石道 10:05

木立を暫く歩くと見晴らしが良い場所に着きました。

町石道全行程を歩かないまでもさわりだけでも歩くと和歌山の自然を堪能することができます。

高野山 町石道 11:14
高野山 町石道 11:14

お昼ご飯に食べた柿の葉寿司が五臓六腑に染み渡るとはこのこと!

本当に美味しかったです。

山歩き用に行動食はたっぷり持っていたのですが乾いたものとは全く別物。勢い2人前は食べられたところ1人前しか買わなかったことに少々後悔しました。

まとめ

高野山を目指す旅の途中で九度山に寄りました。

弘法大師が開いた当時の様子を少しでも実感するために九度山より歩いて高野山へ入りたかったこと。

また私自、女であることから当時女性の気持ちに寄り添うつもりで女人高野を辿る旅となりました。

 

 


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